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なぜガラケーでなくandroidでもなく、ぼくはiPhoneなんだろう。

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なぜiPhoneなんだろう。

これほどまでになぜiPhoneなんだろうか、ぼく自身なぜかと考えても、まったくもってこれだから!って理由なんて出てこない。

あえてあげれば初めてもったスマホがiPhoneだったからなのかな。

andoridも一回だけ持ったことがある。当時の仕事上で持たされた。でもすぐに放置プレイして、結局はiPhone一筋でここまで来てる。

 

ぼくはiPhoneを持つまでAppleの製品を持ったことがない。ていうか今も持っていない。

本当にAppleが好きな人やiPhoneをしっかり使いこなしたい人にとったらMacの一つくらい持ってないくせに、こんなブログなんて始めやがってとお叱りもんだと思う。

でも、Appleの製品はiPhoneだけしか持ってないけれど、ぼくはAppleが、iPhoneが好きだと胸を張って言えます。

 

ぼくは数年前まで大阪に住んでいました。まだ大阪に住んでいた当時、もう何年前かな?すっかり忘れたけれど、、ぼくの好きな番組に「ちちんぷいぷい」というお昼の情報番組があって、その中のひとつのコーナーで「iPod touch」が紹介されていたのを偶然にも観ていた。

 

もうね、ものすごく衝撃を受けた。いまでもありありと覚えてるんですよ。なんかあの洗練された感じ。たぶん紹介していたのは西君(MBSっていうテレビ局のアナウンサー)。彼が目を輝かせて画面をなぞってみせてるの。あのぬるっとした画面のスクロール。すっごくかっこよくて、ぼくは釘づけになってました。メイン司会者の角さんも、けっこうお年を召しているのに、なにそれ?ちょっとちょっと言いながら西君から奪い取って番組そっちのけでいじってた(笑)

ウォークマンから始まって外で音楽を聴くことはすでに当たり前の事だったし、ぼくも学生の時はCDウォークマンもってたし、もちろんAppleも「iPod」を発売していて音楽が好きな人はみんなして使っていて、ぼく自身も存在を知っていた。

 

ただ、私自身がそんな音楽を四六時中聞くかというとそういうタイプじゃなかった。

だからその当時は音楽プレイヤーなんて持ってないし必要とも感じてなくて、そんなもの買うくらいならビールや焼酎買うわ!てなタイプでした。

 

そこで出会ったのが「ちちんぷいぷい」です。いや違う、もとい「iPod touch」。

テレビの画面でみた「iPod touch」が、とにかく触ってみたい。画面をぬるっと動かしてみたい。ただそれだけの強い衝動を与えてくれた。ほんとそんなぼくでも欲しい、触ってみたいってドキドキした。

 

初めてもった携帯電話はdocomoのP205でした。初めてもった携帯でということもあってか契約したときのことは結構はっきりと覚えてる。むやみにいじり倒して、なんか一人前になった?ような感傷にひたりながらすっげぇわくわくして数日くらい意味もなく持ち歩いてた。 まだ今のように携帯電話が連絡の中心というわけでもなく、それほど使用する機会もないのに、とにかく鳴らない携帯を自慢げに持ち歩いてた気がする。 今思えば、新しいおもちゃを買ってもらった5歳児と変わらないと思う。

それからミーハーで新しいもの好きのぼくは、折り畳みがはやれば「Nシリーズ」を持ち、初めてカラー液晶がでればすぐに機種変更をし、フリップ式にいったりストレートにもどったり。当時はdocomoをずっと使ってたけれど、「Pシリーズ」から始まり、「N」「F」「D」「SO」と思い出すだけでこれだけのシリーズを次から次へと使ってた。docomo以外にもツーカーもセルラーもJ-PHONEからVodafone、そしてソフトバンクもauも(時代がバラバラですんません)も使ってきて、ただ一番印象に残っているのは「P205」。

 

IPhone 3G

© Matthieu Riegler, CC-BY, Wikimedia Commons

 

そんな中、ソフトバンクがiPhone3Gの取り扱いを発表があった。

もうね、何ができるとか、使い勝手がどうとか、考えるよりもまっさきに「あのぬるぬる」が体験できる!自分の手に!!という気持ちだけで。

当時使ってたガラケーも買い替えてそんなに経っていなっかたと思うけど、とにかくiPhone3Gだ!と相成ったわけ。

ぼくの認識としては、「iPod touch」に電話機能がついてるくらいの認識なわけで、

あのキレイな大きな液晶で、なんかものすごくかっこよくて洗練されてて、もうぼくの心は大変なんですよ。 何がなんだかわからないうちに購入しました。

そこからはもういじっていじって、ひたすら「The Terra Defender」というゲームアプリをやってました。ほんと単純なゲームなんだけど、もう夢中でやってました。

当時よく行く飲み屋さんがあって毎日のように飲みに行ってたけど、もう店長からお店のスタッフまで巻き込んでみんなでやってた。 iPhoneって言葉も世間ではまだまだ??って時だったから、いやぁこれがね!って始まってもうまさに時の人状態でみんなでゲーム。 ただ、ここだけは言っておきたいのは、自慢したくて鼻高々だから飲み屋に行ってたんではなくて、ほんといつも行く店でたまたまぼくがiPhoneとであって、たまたまみんなが興味を持ってくれた結果ということです。これはほんと!(鼻高々になってるぼくが全くいなかったかというと。。。そこは、ねっ!)

 

あの「ちちんぷいぷい」でみた光景が商品が、いま目の前にある!(iPodtouchとiPhoneなので実際には別もんですけど、)ほんと所有欲を十分に満たしてくれたわけです。

いまおもえばiPhone3Gってほんと使えないレベルのものでしたよ汗 バッテリーは1日持つことなんてないし、eneloopのモバイルバッテリー即買いしましたし、コピペもできない。メールもi.softbank.jpなんて意味不だったし、、ただそんな不便を超えるくらいの満足を与えてくれたのがiPhoneでした。

 

ここで改めてこうやって振り返ってみると、iPhoneを持ったときの感覚はP205を持ったときと同じなんです。初めてもった携帯電話とおなじくらいの新鮮で懐かしくて、なんともいえない感覚をぼくに与えてくれた。

これって携帯電話にかぎらず、だれにでも何に対してもあるんじゃないかと思う。

実家にあったり、初めて自分で買ったTVやパソコンのメーカーを買い替えの時に知ってか知らずかつい選んでしまう。文房具店に行って目新しいペンをみつつもなんかいつものペンを買ってしまう。トイレもいつもの並びに立ってしまう。お菓子だってお弁当だって靴だって洋服だって、アニメだってニュースだって、お風呂で身体を洗う順番だって、なぜと聞かれてもわからないけど、自分自身がもってる考えというか感覚。

そのどれにしても、そのものには、その初めての瞬間というものがあって、そこから試行錯誤をしながらも意識しつつでも無意識でも選んでしまうっていうのは、それに満足してる自分自身がいるんです。

 

だからぼくはiPhoneなんだと思う。

Andoroidが嫌いなわけじゃない。ガラケーもすごくいいと思う。でもいまのぼくはiPhoneなんだなと。

 

よくiPhoneは情弱だとか、andoroidはオタクだとか、ガラケーは時代遅れだとか、何かしら言われてますけど、そんなの関係ないでしょ。

みんなも結局は自分自身でそれを選んで使ってるんでしょ。そこにむりやり意味を持たせたり、違う相手を卑下にするのはお門違いじゃねと。

といっても、そうやってみんなであーだこーだと言い合う(ネット上でも周りの人にでも)のも度を過ぎなきゃ楽しいですけどね。

 

あの時「ちちんぷいぷい」を見ていなかったらiPhoneを持っていたかどうかはわからない。

でもいまiPhoneを持って楽しんでいるぼくがいるのが現実です。

 

みなはなぜiPhoneなの?andoroidなの?ガラケーなの?

 

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